宮城教育大学の山内明美さんと共に、花岡事件踏査のために秋田県大館市を訪れました。
花岡事件は太平洋戦争末期、中国から強制連行され、鹿島建設の花岡出張所に収容されていた986人の中国人労働者が、過酷な労働や虐待による死者の続出に耐えかね、1945年6月30日に一斉蜂起した事件です。
「花岡の地・日中不再戦友好碑をまもる会」の齋藤光雄さんと庄司時ニさんのご案内で各所を周りました。
蜂起後捕えられた中国人の方々を拷問し、虐待した共楽館跡地に建てられている碑には、花岡事件の全貌が記されており、
日本人の戦争加害の歴史を隠さずにここまで克明に記した碑は国内でもここだけなのだそう。
時々吹雪く極寒の中、かつてこの場所で私達日本人は中国の方々に過酷な労働を強い、壮絶な虐待を行ってきた、その事実を私達は絶対に知るべきだと思います。
DAY1
1枚目:小坂鉄道大館駅跡
2、3枚目:中山寮跡(花岡事件隠蔽のためか戦後、ダムに沈んだ。今はダムも枯れている)
4枚目:七ツ館弔魂碑(齋藤さんはご家族をこの事故で亡くした)
6、7枚目:共楽館跡碑(かつて労働者の娯楽施設であった場所で花岡事件首謀者たちの拷問を行った。真夏の炎天下の中、捕えられた人は食べ物も飲み物も与えられず広場に捕縛され放置。たくさんの方が亡くなった)
8枚目:中国人殉難者供養塔・信正寺(鹿島組が最初に建てた供養塔(写真後方)はコンクリート製だった。一度修繕されてはいるが、表面が朽ち始めている。このこと自体が花岡事件の本質を表すものだとして、敢えて残しているとのこと)
9枚目:中国人殉難烈士慰霊之碑(毎年6月に中国からご遺族を呼んでこの場所で慰霊祭が行われている)
10枚目:中山寮が沈むダム跡地
11枚目:飛行機から見た大館市。粉雪が降り積もる森と山がまるで版画のよう。







